株式会社ブレーンフォースの公式ウェブサイト コンサル・チェンバロ・ジオラマ等代表山田満の活動実績など掲載しています。

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チェンバロのページ

1.チェンバロとは何か

チェンバロ(英名:ハープシコード、仏名:クラブサン)は1618世紀に欧州を中心に愛好された鍵盤楽器でピアノの前身楽器にあたる。チェンバロは弦を特殊なアクションの先にあるツメで弾く仕組みで弦をハンマーで叩くピアノとは全く発音の仕組みが異なる。当時の音楽は現代の音楽の様に和声(ハーモニー)を中心としたものではなく、多くの独立した声部が互いに協調しながら対話を重ねる対位法(ポリフォニー)の音楽が支配的であった。チェンバロは一つ一つの音像が澄んでいてしかも作品の各声部をはっきり弾き分けられることからポリフォニックな音楽に適した楽器であった。

しかし18世紀クリストフォリによって発明されたピアノはチェンバロの音量が小さく、音色の変化がなく、音域が狭いと言った欠点を全てカバーし音の強弱やタッチによる演奏者の微妙な感情やニュアンスを表現出来、しかも和声を美しく響かせ、音域も格段に広くその後の古典派やロマン派の作曲家に広く受け入れられた。ピアノが音楽シーンに取り入れられ広く普及し始めるとチェンバロは急速に衰え忘れられ大寒波の冬には多くのチェンバロが薪として燃されたが美しく装飾されて楽器だけが美術品として残され現在も博物館に保存されることになった。

2.チェンバロづくりのきっかけ

代表は大学入学後、趣味を広げようと美術部に入部し「油絵」「日本画」を始め、スポーツでは「スキー」を音楽では「フルート」を始めた。ヤマハ音楽教室のフルート講師だった国立音大卒の岩田恵美子と出会い、入社二年目で結婚。バロック音楽にはまり伴奏楽器としてのチェンバロがどうしても欲しくなり当時50万円で売られていた国産の小型楽器を買うために貯金、いざ買おうとした矢先、友人から「そんなおもちゃなど買わずに道具と材料に投資し世界に一台しかない自分の楽器を作ったらどうか」とそそのかされ無謀にも自作を決心した。

3.完成間近のモダンチェンバロを捨て再出発

ところが当時はインターネットもなく情報不足に悩んでいた頃、FM雑誌にパイオニアの技術者の方がチェンバロを作ったと言う記事を見つけ、編集部の紹介を受け自宅を訪問し、楽器を見せてもらい図面や資料をもらい作り始めた。ところがスタートから1年半が過ぎ躯体も完成に近づいた頃、作っている楽器がモダンチェンバロと気付いた。20世紀になってバロック音楽が見直され盛んに演奏される様になった。バロック時代、音楽はサロンなど比較的小さなスペースで少数の観客を対象に演奏されていたが現代では大ホールでの演奏を前提としており楽器も大きな音が出る様に改作され、いわゆるモダンチェンバロとして復活した。バロック音楽は当時の様式の楽器で演奏されるべきという古楽器ブームが興り、著名な製作家から「君は素人だから一生に何台も作る訳ではないので是非古楽器の名機を復元しなさい」とのアドバイスを受け途中まで完成していた楽器を思い切って破棄しゼロから材料を集め、木工、金工、彫刻、装飾など全て独力で歴史的チェンバロの復元に挑戦することになった。

4.17世紀のオランダの名機の復元に挑戦

チェンバロに関する知識や知見も蓄積し様々な楽器の中からチェンバロのストラディバリと呼ばれたルッカ―ス一族の一人ヨハネス・ルッカ―スが1637年に製作した一段鍵盤のチェンバロをモデルに選んだ。選定の理由は、①フランドル地方で活躍したルッカ―ス一族の手になるフレミッシュタイプの名機②全長約全長約180cm、一段鍵盤で製作が比較的容易だった③4フィートと8フィートの2列の弦の詳細な弦長のデータが入手出来たこと④いぶし銀の様な音色が好みだったこと、などがあげられる。製作に関する詳細や苦労話は尽きないが結局モダンチェンバロに1年半、歴史楽器の復元に3年半の計5年を費やし完成した。製作の凡その過程を図版で表した。

5.復元した楽器の仕様

【ケース】
全長:1,850mm  幅:830mm  高さ:220mm  側板(厚み)12mm   底板(厚み)15mm 側板、底板ともにシナ合板、補強材はスプルース、レストプランクは40mm厚のカエデ一枚板。側板のカーブは曲線部分の雄型と雌型の箱を製作しシナ合板を3枚重ね接着し機械プレスで圧着し成型

【脚 部】
高さ:605mm  太さ:最大直径:70mm  最小直径:18mmのマコーレ(西洋桜)の角材を設計図を元に挽き物屋に発注し製作。ケースか ら取り外し、分解が可能

【鍵 盤】
厚さ12mmのスプルース板目板を5枚横に接ぎ合わせ一枚板にし、鍵盤の設計図に従いノコギリで切断。長鍵は黒檀(コクタン)を貼り磨き加工、短鍵は黒檀の角材に象牙貼り。キーフロント(鍵盤の垂直正面)はツゲ材のアーケード彫。音域はAA~d54鍵。

【響 板】
ピアノ工場から取り寄せたスプルース柾目の響板材を横に接ぎ合わせ一枚板としカンナで削り出し。厚みは1.5mm~3.5mm。響板裏の補強リブもスプルース、ローズ(円形飾り穴)はツゲ板の透かし彫り。ブリッジ(駒)はカエデの一枚板から断面が台形になる様に指定カーブに従ってカンナで削り出し。

【ジャック】
プラスティック製の市販品を使用せず、古楽器の仕様図面に忠実に約120本自作した。西洋ではペア(梨材)で作られているが入手困難なため30mm角のツゲ材を4×4.5mmの細い角材に挽いてもらい、3本を貼り合わせて厚さ3.8mm、幅12.5mm、長さ132mmのジャックを製作。弦をはじくプレクトラムはデルリンを使用せず、古来の製法に従い渡り烏(カラス)の羽軸を使用した。

【 弦 】
ルッカ―スのモデルに従い8フィート、4フィート各1本の弦の組み合わせとした。8フィートの弦に音色を変えるリュートストップを取り付けた。弦のゲージはスチール弦が0.2mm0.5mm10種類、真鍮弦は0.35mm0.55mm6種類、最低弦はリン青銅弦を使用している。表はモデルとなったルッカ―ス1637年製の弦長とプラッキングポイントのデータであるが実際の製作に当たっては不自然さをなくすために微調整した。

6.装飾について

【響 板】
響板およびレストプランク上全面に花鳥画を描いた。同じ大きさのベニヤ製の下絵を描きトレーシングペーパで下絵を写し取り響板にガッシュ絵具で描く手法を取った。スプルース板に直接描くと木の繊維に沿って滲むため描く部分をニカワで目止めしてから描いた。裏蓋絵が洋画のため響板は思い切って日本画風に統一した。

【ケース内部の貼紙】
オリジナル楽器は羊皮紙にルッカ―ス家独特の模様が描かれているがこれを忠実にコピーしガッシュ絵具で再現、ワニスを掛けてケース内部に貼った。

【ローズ】
ルッカ―ス製の楽器はローズ(円形飾り穴)に竪琴を弾く天使の両側に作者のイニシャルが彫り込んである。ツゲ材の薄板に同様の模様と自分のイニシャルを透かし彫りした。

【蓋 絵】
裏蓋の表面をジェッソという下地材の塗りと砥ぎを繰り返して平滑な表面を作り、古典画法で描いた。古典画法とは油絵具のシルバーホワイトとピーチブラックの白黒2色を使い、白⇒灰⇒黒に至る様々な諧調でモノトーンの緻密な下絵を描く(グリザイユ画法)。12カ月下絵を乾燥させた後、特殊な溶き油を用い、薄く彩色していき、乾燥と彩色を繰り返し濁りのない透明感のあるマチエールを作っていく(グラッシー画法)。印象派の画家はキャンバスの上で絵具を混ぜたことによる化学反応で無残に絵画保存の危機に瀕しているのに対しルーベンスなどバロック時代の画家はこの画法により今でも美しい作品を残している。なお絵のモチーフは17世紀の画家ムリーリョの「無罪の御宿り」を中心に置きルーベンスやティティアーノの作風を取り入れながら「天使による音楽教育」をテーマにまとめ上げ7カ月ほどかけて制作した。

【塗 装】
木地の凹凸をパテやサフェーサなどで滑らかにし、カシュ―塗料によるハケ塗りと砥ぎ出しを十数回繰り返しうるし塗りの様な光沢のある仕上げにした。住宅事情と塗料臭の問題で自宅での作業を諦め塗装は友人の楽器製作家に有料で依頼した。

【蝶 番】
金具専門店で真鍮製の板蝶番を特注し楽器のイメージに合うようにバロック風のデザインを起こし、紙型に沿って糸鋸で切り出し楽器本体と裏蓋の間に3か所、裏蓋の中折れ箇所に3か所蝶番を取り付け、開閉可能な様にした。

7.制作過程の写真と解説

【ケース内部の貼紙】
オリジナル楽器は羊皮紙にルッカ―ス家独特の模様が描かれているがこれを忠実にコピーしガッシュ絵具で再現、ワニスを掛けてケース内部に貼った。

【ローズ】
ルッカ―ス製の楽器はローズ(円形飾り穴)に竪琴を弾く天使の両側に作者のイニシャルが彫り込んである。ツゲ材の薄板に同様の模様と自分のイニシャルを透かし彫りした。

【蓋 絵】
裏蓋の表面をジェッソという下地材の塗りと砥ぎを繰り返して平滑な表面を作り、古典画法で描いた。古典画法とは油絵具のシルバーホワイトとピーチブラックの白黒2色を使い、白⇒灰⇒黒に至る様々な諧調でモノトーンの緻密な下絵を描く(グリザイユ画法)。12カ月下絵を乾燥させた後、特殊な溶き油を用い、薄く彩色していき、乾燥と彩色を繰り返し濁りのない透明感のあるマチエールを作っていく(グラッシー画法)。印象派の画家はキャンバスの上で絵具を混ぜたことによる化学反応で無残に絵画保存の危機に瀕しているのに対しルーベンスなどバロック時代の画家はこの画法により今でも美しい作品を残している。なお絵のモチーフは17世紀の画家ムリーリョの「無罪の御宿り」を中心に置きルーベンスやティティアーノの作風を取り入れながら「天使による音楽教育」をテーマにまとめ上げ7カ月ほどかけて制作した。

【塗 装】
木地の凹凸をパテやサフェーサなどで滑らかにし、カシュ―塗料によるハケ塗りと砥ぎ出しを十数回繰り返しうるし塗りの様な光沢のある仕上げにした。住宅事情と塗料臭の問題で自宅での作業を諦め塗装は友人の楽器製作家に有料で依頼した。

8.楽器製作を終えて

楽器製作が思いのほか長引き、楽器の研究の方に余り時間が割けず、不十分なまとめ方しか出来なかったことを残念に思う。筆者が5年間に得た知識と経験は製作のノウハウに関するものが大部分でこれをまとめたら一冊の本になってしまうだろう。楽器製作を終えた今、完成した楽器が本稿の研究テーマである真の意味での歴史的チェンバロの忠実な復元になったかと自問するとはなはだ自信がない。と言うのは製作を開始した時点では手元にはモデル楽器の弦の寸法と歴史楽器についての大まかなイメージしかなく、その後実際にモデルにした楽器の所在や資料について知る様になったのは既に楽器が半ば完成していた訳で、狭義の意味での厳密な復元製作とは言い難いかも知れない。しかし、多分に筆者の創作が入っていたとしても基本的な構造や様式は歴史楽器にかなり忠実に製作したので歴史的チェンバロの持つ典雅な雰囲気とイメージはかなり出せたと思うし、また響きについても多少荒削りで渋みのあるルッカ―ス特有の響きを醸し出すことが出来たのではないかと思う。当時の楽器製作はギルド制による分業作業によるもので製作家は木工など各分野の職人に指示を与える言わばディレクターの様な役割を果たしていた。しかし、今日個人で楽器を製作しようと思うと超人的な作業が要求される。一台の楽器を完成するまでに設計、木工、金工、彫刻、装飾、塗装などに至るまであらゆる方面での技術を基礎から習得せざるを得ず、本当に優れた楽器を一人で作り出すには、まさに現代のレオナルド・ダ・ヴィンチを目指すほかはない。分業化と機械化が極限にまで進み、われわれの手から「ものを作り出す」労働が奪われている今日、長年にわたる未知の楽器を復元する過酷な作業は多くの苦労と同時に「ものを作り出す」本当の意味と、その大切さと喜びを教えてくれたと言えよう。「人生3分の1論」と言う人生論がある。人は一生のうち3分の1を働き、3分のⅠを眠る。そして残りの3分の1をどう過ごすかによってその人の本当の価値が決まると言う。過去5年間、製作に費やした時間はおよそ2000時間を超え、この間その3分の1は殆どチェンバロ製作に費やされてしまった。その間多くのことが犠牲にならざるを得なかったが、その悔いよりも大げさな言い方を許していただければ、未知の楽器を復元する夢を追求し、青春の一時期をかく生きたという生の証しをこの世に残せた充実感の方が大きい。楽器に限らず残された人生の3分の1を何かに打ち込みながら生きていきたいと思っている。チェンバロは楽器である以上、演奏されてはじめてその本来の機能を果たすべきもので美術品として飾って置くものではない。その意味で筆者が製作したチェンバロもこれからその真価が問われることになろう。それがもし演奏できず世に耐えられないものであれば、すべて筆者の力不足に帰すべきもので楽器のせいではない。この楽器が筆者の一生を越えて世の変化に耐えいつまでも鳴り響くことを心より願っている。

9.完成写真

10.図板

11.参考文献

“The Harpsichord and Clavichord”  Raymond Russell, second revised edition, London 1973
“ Three Centuries of Harpsichord Making” Hubbard Frank, Harvard University  Press 1972
“Makers of the Harpsichord and Clavichord 1440-1840” Donald H Boalch, University PressOxford 1974
“The Modern  Harpsichord” W. J. Zuckermann,  New York 1969
“Four Ruckers Harpsichord in Berlin”  Ernst, The Galpin Society Journal, vol.  20
“Catalogue of the Keyboard Musical Instruments in the Victoria and Albert Museum, London
“Old Musical Instruments” Rene Clemenicic, Octopus Books
“Muscal Instruments from the Renaissance to the 19th century” Sergio Pagganlli,  Hamlyn

「チェンバロの保守と調律」 野村 満男著 東京コレギウム出版
「楽器の歴史」 エマニュエル・ヴィンターニッツ著 パルコ出版
「楽 器」皆川 達夫著 カラーブックス      「世界楽器大事典」 黒沢 隆朝著 雄山閣
「ピアノの構造と知識」 中谷 孝雄著「ピアノの技術と歴史」中谷 孝雄著 音楽の友社
「ピアノの構造・調律・修理」福島 琢郎著 音楽の友社
「チェンバロのしおり」 日本楽器製造(株)発行
「チェンバロの演奏法」 エタ・ハリッヒ=シュナイダー シンフォニア
「チェンバロのはなし」 野村 満男著 季刊リコーダー連載,  芸術現代社
「ハープシコード」 泉 清 著 月刊音楽の友連載音楽の友社
「音 楽 史」H.M. ミラー著東海大学出版会「バロック音楽」皆川 達夫著講談社現代新書
「音楽の歴史」Ⅰ, Ⅱ マルタ・パンシェルル著 パルコ出版 など

12.マスコミ出演・記事紹介

読売新聞 197711月 朝刊家庭面    日経新聞 197810月朝刊オフビジネス欄
東京新聞 19827月 朝刊「私の体験」   電波新聞 197810月オーディオフェア特集
「‘78オーディオフェア」会期中会場での展示ならびに研究発表会とコンサート(東京晴海)
月刊「創」19784月号グラビア4ページ  週刊「文春」19784月 「私の週末」欄 
月刊「宝石」19841月グラビア1ページ  週刊「サンケイ」19786月「週刊経済部」
社報「電通人」197812月 表表紙写真    電通蟻朋会報 197811月 一面発表会記事
NHK 1978年10月「奥様ご一緒に」出演  フジテレビ19811月「小川宏ショウ」出演
NHK 1981年2月「音楽の広場」“手作り楽器集合”に出演ならびに演奏
NHK 1981年3月「クイズホントにホント?」最終回の最後のゲスト出演ならびに演奏

関連写真・動画

1978年10月電通社員の前で研究発表とデモ演奏を披露

1978年12月社報「電通人」の表紙を飾る

「音楽の広場」でチェンバロとリコーダーを演奏

1981年フジテレビ「小川宏ショウ」に出演しチェンバロ演奏を披露